215586 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

沖縄自治研究会

沖縄自治研究会

徳田報告

5回 定例研究会 第1部 自治基本条例の諸相
報告2 21世紀型の消費者政策のあり方と自治体消費者行政の役割について
2005年8月7日(土)
琉球大学大学院法務研究科教授 徳田 博人


○徳田博人  まず資料の確認、レジュメ一部と資料一部になっております。確認ですが、よろしいですか。
[一] では早速、私の報告に入らせていただきます。レジュメの表題ですけれども、報告のテーマは「21世紀型の消費者政策のあり方と自治体消費行政の役割について」と題して報告いたします。まず、最初に、今日の報告の手順または構成ですが、レジュメをみて頂きたいと思います。次の通りです。

「21世紀型の消費者政策のあり方と自治体消費者行政の役割について

はじめに
第一章 消費者基本法の概要と消費者の権利  
 第一節 消費者基本法の概要
1 背景 国民生活審議会消費者政策部会などの答申を中心に
2 消費者基本法の特徴など
   (1) 消費者問題の原因克服型基本法の性質を明確化  
   (2) 消費者政策の理念→「保護」から「自立支援」へ
   (3) 消費者の権利の明文化
(4) 国の施策 改正前:入口と出口に着目
     改正後:国の施策として、契約や勧誘の適正化への取り組みを明記。
   (5) その他 
 第二節 消費者の権利に関する学説と消費者基本法
1 消費者基本法第2条: 「(1)国民の消費生活における基本的な需要が満たされ、その  健全な生活環境が確保される中で、(2)消費者の安全が確保され、(3)商品及び役務について  消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が確保され、(4)消費者に対し必要な情報及び教育  の機会が提供され、(5)消費者の意見が消費者政策に反映され、並びに(6)消費者に被害が生  じた場合には適切かつ迅速に救済されることが消費者の権利である」
2 消費者の権利論 - 学説
ア)今村説 ケネディーの4つの消費者の権利論
イ)落合説?  選択の自由:選択肢の多様性確保と選択の満足性確保
ウ)来生説   自由権(自由権的自己決定権)としての側面を強調
  エ)大村説 
 3 消費者基本法における消費者の権利
  ア) (1)→競争法  (2)~(6)→消費者法と消費者の権利
  イ) コメント : 落合説の発想か?
 第三節 若干の検討
1 (2)~(6)の権利相互の関係について
2 法的性質論
(1) 誰に対して、どのような拘束力ある主張を・・・ 対事業者と対行政
(2) 個人としての消費者と団体としての消費者、二分論と関連して
(3) 消費者の権利と国民の健康権について

第二章 消費者行政の転換と自治体消費者行政の役割
第一節 消費者行政の転換
1 市場原理重視の改革と行政の法的仕組みの転換
   (1) 事前規制から事後規制へ、
   (2) 給付(支援)行政の拡大
   (3) 誘導の手法の拡大
2 「規制中心の消費者行政」から
      「コンプライアンスを軸とした消費者行政」への転換
・ コンプライアンス研究会「自主行動基準作成の推進とコンプライアンス経営」2001年9月
第二節 自治体消費者行政の役割
1 消費者基本法における自治体の役割 → 支援行政が中心
2 国民生活審議会消費者政策部会報告「都道府県と市町村における
      苦情相談・処理業務のあり方について」(平成12年7月19日)
  (1) 市場メカニズムを重視
  (2) 都道府県が分担する苦情相談処理など
  ・ 広域的専門的な苦情相談
  ・ センサー機能、インフラ機能としての苦情処理
  ・ 市町村の補完としての苦情処理
 第三節 若干の検討
1 公私協働論 - 協働的法執行論と消費者行政
2 情報処理システムとしての消費者行政化へ
例)トレサービリティー → 1と3の議論の交差点か?
3 安全確保のシステム - 市場システムとの関連で
(1) 内容
(2) 権利論との関連性
4 自治体消費者行政の役割
(1) 情報処理システムとしての消費者行政化と苦情処理など
(2) 消費生活センター統廃合の動きとその阻止の論理
ア) 問題提起
イ) 地方分権改革推進会議における改革の論理と自治体消費者行政における改革の論理の異同など

おわりに - 要約と展望 」


以上のレジュメに沿って、基本的に報告致します。が、その前に若干の前置きをお話しさせて頂きます。

 自治研究会ということで、消費者行政と関連させながら、しかも、地方自治に関する論点を抽出しようと、あれこれ考えてみたものの、残念ながら、地方自治に関する言及は結果的に1点だけに止まってしまいました。レジュメでいえば、第二章第二節「消費者行政の役割」の中の「消費生活センター統廃合の動きとその阻止の論理」のあたりを中心に展開することができればと思っていました。先ほどの宗前先生の南部病院の廃止問題と類似の動きが、消費者行政においても全国の消費者生活センターの廃止問題という動きがあります。これについては基本的に国民生活審議会消費生活部門の方が、廃止には少し慎重になってくれという報告集を出しております。この問題を素材にして議論を展開できたら面白いかなと思ったのですが、問題提起に止まることをお断りしておきます。

 さて、今年の6月、いわゆる地方自治の必置規制の緩和をめぐる答申が公表されましたが、その内容は、生存権の観点から法律上は必置規制とされている分野に関しても、今後撤廃または緩和を検討するものでした。そういう流れの中で、先ほど言った生活センターの廃止に対して少しストップをかけるような答申が出たこととの関係で、自治における都道府県の役割というものは、どういうものだろうかということを消費者行政の中からえぐり出してみようと思ったのです。今日はその前提となるいくつかの作業を中心に報告を行い、自治に関連する論点は一点だけ取り上げます。以上の手順で報告致します。


[二] 前置きがちょっと長くなりました。では、レジュメに沿って報告します。

 「はじめに」、ですが、我が国では高度成長期に伴う消費社会の進展に伴って、消費者問題が顕在化し、これに対応する形で1968年に消費者保護基本法が制定されました。同法は理念的には、消費者の権利保障を目的といたしましたけれども、法律の文言上は、消費者の権利について明記されておらず、消費者の保護を目的とするにとどめられておりました。また同法は消費者・事業者・国・地方公共団体それぞれの責務と役割が定められていたものの、法的義務としては構成されておりませんでした。それが、今年の6月に消費者保護基本法が改正されまして、消費者基本法という法律が出てくることになります。

 消費者基本法の特徴として、消費者問題の原因克服型基本法の性質をより明確化し、消費者政策の理念を消費者の保護から消費者の自立支援へと位置づけた上で、消費者の権利が明文化される等々があります。従来学説が強く主張してきたことのいくつかが取り入れられる形で法律が改正されたわけですけれども、その法律の改正の背景には、規制緩和や市場メカニズムの重視などがあります。

 さて、「規制緩和と消費者行政」というテーマを取り上げようと思った問題関心をお話しいたします。近年、公法学会の動向といたしまして、市場原理を重視した政策あるいは規制緩和が進行する中で、行政のあり方を再認識し、そのうえで市場原理や規制緩和が行政法理論にどうインパクトを与えるのか、そういった問題の立て方をする論文あるいは報告が増えてきています。

 さらに、近年は情報公開とか行政手続法とか、その他の行政法改革が進んでいる。そうなると行政法理論の見直しも必要である。そういう趣旨のことを、小早川教授が言っております(小早川光郎「行政法改革?」季刊行政管理研究76 号(1996年)1頁以下参照 )。その見直しの方向性は二つある。一つは従来のように公法・私法論に変わる新たな公法・私法論ですね。法学方法論としてのアプローチといってもよいでしょう。もう一つは行政のあり方そのもの、つまり行政の特質というのはどういうものなのかということを踏まえて、その認識を前提にして、さらに行政法理論を深めるというアプローチです。小早川教授は前者の方法についてはまだくみできないけれども、後者について理論構築をしたいといっていますが、この点はともかくとして、これが一つの学会の動向になっております。

 ところで、現在、市場メカニズムを重視する形で改革が進んでいて、その影響が最も端的に現れている領域が、経済行政と消費者行政であるという認識をもっています。経済行政は、商品の供給者側である企業活動の競争に着眼し、消費者行政は、商品の需給側である消費者に重点を置くものであって、両者は表裏一体の関係にあると思いますが、この領域における改革が進んでいるのです。そうなりますと、他の行政のあり方にも影響を及ぼすと思うのです。つまり、研究素材としては各論のようでありますけれども、この各論が非常に総論的なところのあれこれの手法に影響を与える可能性があるし、または現にあたえているという認識です。「参照領域としての消費行政」の意義といってもよいかもしれません(参照領域論につき、大橋洋一「新世紀の行政法理論」『塩野古希・行政法の発展と変革上巻』(有斐閣、2001年)107頁以下、特に、120-2頁参照)。

 以上、第1の私の問題意識を要約すると、規制緩和が進行する中で、消費者行政というものの本質・コアをどう認識するのか、さらに当該認識を前提にしたうえで、法律的にどうコミットできるのか、そういう思考の手順になるかと思います。消費者行政のあり方に関わる認識論のレベルでは、行政学との連携も大切であることから、行政学者であります島袋先生、宗前先生、江上先生から、あれこれと意見をお聞きできることを楽しみにしています。

 第2の問題意識ですけれども、先ほど言いましたけれども、消費者基本法に消費者の権利が明記されました。法律学ですから権利論の観点から消費者行政のあり方を詰めてみる作業が必要だろうと思っています。私の研究テーマとの関係でもあるんですが、私は、これまで、食品安全行政を研究テーマとしてきました。安全確保を市販前(事前)規制の段階や市場に出た段階、その両方の段階で、安全を求める権利を、どのように確保するのかということを議論しないといけない。

 その意味で言いますと、昨年制定された食品安全基本法と今年制定された消費者基本法その二つを視野に入れながら、どういう形で食の安全が確保できるのか。最終的にはそこに行きつければと思っているんです。今日の報告は、その前提作業としての意味もあるのです。


[三] さて、第一章・第一節「消費者基本法の概要」です。
 従来、消費者保護基本法の特徴は何であったかというと、入り口と出口に着目した仕組みがその特徴であったのです。入口とは、基本的に、事業者に対する事前規制を意味しています。しかも、消費者行政の方が事業者を規制し、その反射的な利益を消費者が享受するという考え方、つまり、事業者を規制する結果、事実上、消費者が保護されるという仕組みをとっておりました。次に、出口ですが、仮に取引の過程で何か問題が生じた場合に、事後的に、行政が苦情処理として対応する。また、入口の事前の事業者規制の方は、国の役割であり、出口の苦情処理といった支援行政が、各自治体の役割という分担にもなっております。以上の仕組みから、消費者保護基本法は、いわば行政の役割あるいは公法を中心に組み立てられていて、まさに、取引過程の適正化をどのように確保するのか、といった私法の分野にはあまり感心を示していないのです。 以上の消費者保護基本法が改正され、消費者基本法に名称も変わり、消費者の権利が明記されるだけではなく、契約や勧誘の適正化にも国や自治体が取り組むということを明記しているのです。つまり、私法の分野にも消費者基本法の感心が向けられたとも言えるのです。

 次に、消費者基本法の構造をみてみましょう。消費者基本法と消費者保護基本法の目的を比較してみましょう。消費者保護基本法では、消費者問題の原因については曖昧にしか書かれていません。これに対して、新たな消費者基本法第1条を見ていただきたいんですが、こう書かれております。この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力等の格差にかんがみ、とあるのです。つまり、消費者問題というものが出てくる背景を「情報と交渉力の違い」に明確に求めています。私自体は、この法律の性質を原因克服型の法律として理解し、消費者と事業者との間の情報の非対称性と交渉能力の違をどう克服するのか、そういう視点から、消費者の権利とか施策を展開する法律とになっていると理解しています。先ほど言いましたけれども、市場メカニズムでも情報の非対称性などの克服が強調されるわけですから、まさに経済学の理論をベースにしながら、消費者基本法が制定されたともいえるでしょう。


[四」 消費者の権利論に関連する学説を概観してみます。
 まず、今村説からです。故今村教授は、「消費者の権利と経済法」(同『私的独占禁止法の研究4』(有斐閣)334頁以下参照)という論文の中で、消費者の権利について言及しています。今村教授は、まず、消費者保護基本法に、新しい行政分野としての消費者行政を規律する消費者の権利その他の法原理が明記されていないことを問題にしました。また、今村教授の書かれた論文の時代背景は、森永ヒ素事件やカミネ油症事件とか、そういった生存権を危うくするような問題が起きています。そういったことが背景にありますので、ケネディーの4つの消費者の権利で安全を求める権利でありますとか、選択する権利であるとか、いろいろあるんですが、その中で消費者の権利といえば安全を求める権利という形が念頭にありながら議論を組み立てられていたんですけれども、ただこの中には4つの権利があって、手続的な権利と実体的な権利、実体的な権利の中でも自由権と生存権的な権利等々分類ができていて、それら4つの権利をとにかく充実させることが重要だという形で議論が組み立てられていたわけです。

 さて、これに対して「落合説」と書きましたけれども、落合氏は、東大の商法の教授でして、国民生活審議会消費政策部会のまとめ役です。ところで、落合教授は、共著『新しい時代の消費者法』(中央法規、2001年)の第一章「消費者法の意義」という論考の中で、消費者の権利について言及しています。その特徴は、まず、消費者の選択の自由を強調し、次に、その選択の自由にも二つのレベルがあるというのです。つまり、選択肢の多様性確保と選択の満足性確保という観点から、選択の自由というものを強調するといってもよいでしょう。選択の多様性確保というものは条件整備だということで、競争行政(経済行政)の分野であり、独禁法の役割だというのです。これに対して、満足性確保の問題を中心にして消費者法が構築されるべきだというのです。なお、落合教授は、外部経済の問題に関しては、市場原理とは別の形で法整備がなされるべきだともいっています。具体的には、食の安全とか、公害とか、ですが、この分野を消費者法の分野として扱うのかは不明です。落合教授の考え方の特徴は、今村教授とは異なり、消費者の諸権利の中でも、とりわけ選択の満足性確保に限定する形で制度を充実させていこうという議論をいたします。ここをどう評価するか、さらに、このような守備範囲を広めて議論を展開するのか、限定して議論するか、これは、結果的に行政のあり方を考える上でも、違いを生じることになるのではという感じをもっています。

 最後に、「来生説」です。来生教授は、「消費者主権と消費者保護」(『岩波講座・現代の法13 消費生活と法』(岩波、1997年)281頁以下、特に300頁以下参照)という論考の中で、消費者の権利について言及しています。その特徴は、自由権(自由権的自己決定権)を非常に強調している点です。政府の役割も基本的には必要最小限にとどめるべきであると強調するんです。来生説は落合説とは、微妙に異なっているように見えますが、「消費者=弱者」という点から出発しない点では、意外と共通している点も多いかもしれません。

 ところで、来生教授の論理において、重要だと思う指摘があります。それは、消費者像または消費者の概念において、理念的に、個人としての消費者と団体としての消費者に分けて議論を展開している点です。交渉能力として、個人はいろいろ試行錯誤して誤りもあるかも知れないけれども、その判断ミスをした消費者が団体としての他者の消費者に、いろいろ情報源を提供することで、事業者にあるいは同じようなミスを他の消費者に起こさせないようなことをすることで交渉力を拡充していくんだ。つまり消費者像として、個人としての消費者像と団体としての消費者像を確立することで、事業者である大企業にも対抗していけると考えるのです。市場メカニズムを活用しつつ、理念的に分けられる個人としての消費者と団体としての消費者の相互浸透性を図る中で、消費者の権利を実効化しようとする発想が見られます。この延長線上に、団体訴権の問題も位置づけられます。

 ところで、来生教授は消費者の権利を自由権的に構成するので、政府の役割も限定的に捉えます。この点から、消費者の権利論と政府または行政の役割論とが密接に関連していることが理解できるのですが、今日の報告では、指摘に止めておきます。

 では、学説を踏まえた上で、消費者基本法における消費者の権利についてみてみましょう。消費者基本法は第2条は、次のように定めています。「(1)国民の生活における基本的な需要が満たされ、その健全な生活環境が確保する中で、(2)消費者の安全が確保され、(3)商品及び役務についての消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が保障され、(4)消費者に対し必要な情報及び教育の機会が保障され、(5)意見が政策に反映され、(6)被害が迅速に救済されることが消費者の権利である」((1)~(6)は、報告者による)。(1)の国民生活における需要が確保されるというものが、いわば競争法の分野になるでしょう。(2)から(6)までが消費者の権利という事になるだろうと思います。


 ところで、消費者基本法は、第18次国民生活審議会消費者政策部会が公表した最終報告「21世紀型の消費者生活の在り方について」(2003年5月28日)があるんですが、その報告書を具体化した法律が消費者基本法なのです。しかし、この答申通り消費者基本法が制定された訳ではありません。法律制定にまでは至らなかった点が幾つかありました。例えばコンプライアンス論で言いますと、より厳しいコンプライアンス基準を遵守した場合など一定の優遇措置を行う仕組みや、消費者団体の力をより実効的にするために、団体として訴訟を認める団体訴権についても、法律ではまだ実体化されていません。その意味で言うと今回の法律は個人としての消費者の権利については充実を図りましたけれども、交渉力、団体としての消費者については、まだ不十分な点が多いと言えるでしょう。言い換えますと労働法との比較で言いますと、労働者基準法などの、労働者保護法は充実したが、組合とか団交とかを対象とした団体法については、まだ十分な展開はされていないということです。


[五] さて、第一章第三節の「若干の検討」に入ります。
 消費者の権利について、その法的性質が問題となります。誰に対してどのような拘束力のある主張を、消費者基本法の定める消費者の権利から導けるのか。つまり、事業者(企業)との関係で消費者の権利が言われるのか。対行政との関係で消費者の権利が具体化するのかということについては、まだ十分に検討されていません。とりわけ資料を見ていただければわかるんですが、消費者の権利としたときに、第2条の目的を見ていただければわかるんですが、1条が目的となっていて、2条は何かというと基本理念です。政策の基本理念として消費者の権利を認めているんであって、ここは法律の変なところなんですが、理念的権利と具体的な権利は若干レベルが異なる。裁判所で認めてもらえる権利なのか。それとも政策の方向性を担保するに止まる権利なのか、異なるレベルの権利論がある。

 環境権をめぐる議論が、その典型例です。人格権侵害として環境権が構成される場合には、具体的権利性を認めるけれども、地球環境とか少し対象を広げて環境権を構成してしまうと裁判所の審査になじまないという議論があります。消費者基本法が定める基本理念としての消費者の権利は、裁判規範性をもつ具体的権利なのか否か、あるいはその権利は事業者との関係でそうなのか、行政との関係ではどうなのか、そういった詰めた検討が今後必要だろう。なお、安全を求める権利については、差し止めとか、あるいは行政事件訴訟法の改正に伴い、消費者の権利性が拡充されるかも知れません。今後の動向を注視する必要があるようです。

 なお、消費者の権利論を考える際に、自己決定権との関連にも注目しておく必要があると思っております。先ほど言った来生説にしろ、落合説にしろ、選択の満足性というのは自己実現です。あるいはパターナリスティックな保護から自立するとか、自己実現をする。そういうことがキーワードになっていたので、今回の報告では、これ以上言及しませんが、「自己決定権と消費者の権利」という問題設定も、今後、整理しておくべき論点だと思っています(自己決定の用語の多義的使用とその整理も含めて、吉村良一「なぜいま『自己決定権』か――『自己決定権』の今日的意義」法の科学 (日本評論社、1999年) 28 号 77頁以下参照)。


[六] 第二章の「消費者行政の転換と自治体消費者行政の役割」に入ります。
 まず、「消費者行政の転換」(第一節)についてお話をいたします。市場原理重視の改革と行政の法的仕組みの転換と書きましたけれども、これは規制緩和や市場原理が重視されると、経済的規制に関しては、事前規制は原則廃止され事後規制への転換が進められ、社会的規制に関しては事前規制は認めるけれども合理性をという形で改革が出てくる。消費者行政に関しては、先ほども言いました取引の段階に着目して規制改革が行われますから、まさに市場メカニズムを重視するということなので、事業者規制は原則廃止する。それに伴って消費者に対して、非対称性の克服という意味で言うと情報公開とか、あるいは行政がある程度の情報を提供するとか、教育の機会を与えるとか、そういうインフラの整備を行うという意味で言うと給付行政が拡大してくるということです(市場メカニズムまたは規制緩和を重視した改革に伴う消費者行政の変容について、拙稿「消費者行政の仕組み」芝池義一他編『行政法の争点[第3版]』有斐閣、2004年248頁以下)。

 もう1点、誘導の手法の拡大とありましたけれども、これは「規制中心の消費者行政からコンプライアンスを軸とした消費者行政の転換」とも関連してきます。コンプライアンス研究会が国民生活審議会の部会に設けられ、同研究会が2001年9月に報告書をだします。いろんな提案をその答申の中でしております。例えば、アメリカ法制を参考にしながら、企業の中にコンプライアンス(法令遵守)に関わる制度を設けているかどうか(会社内のコンプライアンス部局設置の有無)、過去の違反歴はどうか、そういったことをある程度、裁量権として考慮しつつ、量刑を減軽するという仕組みがあるようです。これと同じことを日本でやる場合には、行政処分におけるサンクションの程度を決める仕組みのなかで考えてみてはどうか、コンプライアンスという観点から、つまり企業の内部でちゃんと法令を守るようにシステム化されているのかどうかを考慮して処分の軽重をある程度決めていこうとする訳ですね。そのように誘導することで会社の透明性を確保して、この企業はこういうルールの中で動いているんだということを公表することで、消費者に安心感を与えて選択の自由を確保する。そういう確保のシステム確立の提案をしております。

 次に、情報の収集や公開についてです。食の安全等について、従来の行政法学は行政調査という概念を設けました。それは行政が職権で調べたり、あるいは国民が許認可に関わる申請の際に提出する書類などから、様々な情報を獲得して、その得た情報に基づいてあれこれの処分をするという仕組みを考えていました。これに対して食の安全とか医療に関しては、なかなか企業が行政に適切な情報を提供しないという問題が出てきました。具体的にアメリカの例で言いますと、医薬品関係で言うと連邦食品医薬品局(FDA)がそれを管轄しているんですけれども、情報公開を求める多くの申請者は誰かというと、私自身、当初は消費者団体かなと思ったんですけれども、競争相手の企業が当該企業の情報公開を求めるらしいんです。つまり競争相手の企業秘密を少しでも情報公開という方法を用いて手に入手しようとする訳です。企業にしてみたら、何年もまた、何十億というお金をかけて得た情報的価値を、行政が安易に公開すると、すべて台無しになってしまう恐れがあるのです。それで企業としては行政に情報を提供することも意図的に拒むことがあって、そういう問題をどう克服するのか。つまり企業情報について、行政は国民には情報公開をしないという条件のもとで企業から情報を入手することも必要かもしれません。

 さて、ここで問題にしたいと考えている点は、行政が本当に必要な情報を企業の方からどう入手するのかというのが1つの課題があって、市場メカニズムや誘導手法を用いつつ、あれこれの情報を行政が入手するという、そういうことがでてくるわけです。そうすると、どういった問題が現われてくるかというと、行政が悪いことをしないとか、誤りをしないという前提であれば問題はないんでしょうけれども、事業者と行政との癒着した関係が出てくる。そうすると、様々な問題が多分コンプライアンスあるいはとりわけ情報の提供に関わって出てくる。今後、さらに議論がなされるのでしょう(曽和俊文「法執行システム論の変遷と行政法理論」公法研究65号(2003年)16頁以下、225-6頁参照)。


[七] さて、消費者行政における自治体の役割について、みてみましょう。基本的に、自治体における消費者行政の中心が、支援行政・苦情処理行政になることは、消費者保護基本法から消費者基本法への法改正がなされても、変わらないと思います。

 しかし、この苦情処理に関連して、各自治体に設置されている国民生活センターが廃止されるという動きがでております。このような廃止の動向に対して、国民生活審議会消費者政策部会は、「都道府県と市町村における苦情相談・処理業務のあり方について」2000年年7月19日)という報告書を公表し、その中で、いち早く対応いたします。市町村の苦情処理機能が充実すれば、では都道府県の苦情処理生活センターがいらなくなるかというとそうではないんだということを正当化するために、この答申が出てきたわけですけれども、すなわち苦情処理ということは、どういうことを意味するかというと、生きた情報が行政の中に入ってくるんだと。その情報を基にして、あれこれの条例とか、政策立案ができるんだと。さっき言った専門的な能力という観点からいうと都道府県の中に、各市町村に職員を置いてもせいぜい一人だけれども、その情報をまとめる能力としては、やはり都道府県の方が優れているんだということ。あるいは市民の側としてみたら、それを訴えるときに、裁判所のように一審、控訴審という形で都道府県と市町村の関係を見ているのではなくて、その問題が起きたところをどこが解決してくれるのか、そういった観点から消費者行政を捉えている。最初に都道府県に行くかもしれない。たまたまそれが市町村だったかも知れない。そうすると、救済という観点からすると、どちらも充実していないと困るんだということになる訳です。そこから、生活センターの統廃合に関しては慎重にという答申がでてくる。当該答申の論理は、まさに、自治体における消費者行政とりわけ苦情処理の存在理由を示しているのです。


[八] 第二章第三節の「若干の検討」です。
 これまでみてきた消費者行政の転換を、行政の見直しを巡る議論、その中にあって、近年の行政法学で注目されている公私協働論に関連づけて、消費者行政のあり方を、今一度考察してみることが、ここでの目的です(公私協働について、山本隆司「公私協働の法構造」『金子古希・公法学の法と政策下巻』(有斐閣、2000年)556頁以下参照)。

 この点について、これまでに考察した中で、関連する点を指摘することから始めます。企業の持っている情報、それをコンプライアンスの一環として行政に流れる仕組みをどう作るのか、その際に、どういった点を克服する必要があるのか。この点については、法令遵守のためのルールやシステムを構築していることを、外部に公表したり、また、行政にも知らせたり、そのことで、行政は行政で、当該企業に問題が起きた場合に、法令遵守のシステムや違反歴を考慮して、当該企業に対する制裁処分を検討する。このように、行政と企業とが協働して市場メカニズムを動かす。そういう意味での公私協働がみられる訳です。こうした点や、企業秘密の情報公開のあり方などについては、すでに言及したので繰り返しません。

 さて、次に、情報処理システムとしての消費者行政化と公私協働ということを考えてみました。行政をどう見るかにも関わってくるんですが、近年、行政法学者の中に、情報という観点から行政のあり方や制度設計を組み直す提言をする方がおります(角松生史「『公私協働』の位相と行政法理論への示唆――都市再生関連諸法をめぐって」公法研究 65号(2003年)200頁以下、特に205-6頁)。その際のポイントは、「産出能力と情報コストの負担」に着目した制度設計を試みたり、つまり、「情報との距離」という観点から、当該情報に最も距離の近い人に情報を提供させるシステムを考えようと致します。例えば、環境アセスメントについて、アメリカでは行政自身がアセスをいたしますけれども、日本では事業者にアセスをさせる。それはなぜかというと最も情報を集めて提供しやすいのが事業者だからだという、そういう観点から日本のアセスを再評価できるのではないかと指摘します。また、その中で、公私協働のあり方をさらに詳細に考えようとします。つまり、この公私という中身の「私」の中でもNPOがいたり事業者がいたり、まさに被害者がいたり、様々な人がいて、それに対してどういう情報を最も誰が提供しやすいのかと。そういう観点から行政のあり方を組み直してみることが必要ではないか。環境法を例に挙げながら説明しているんですけれども、問題意識は、情報という観点から行政のあり方を組み直してみて、そこから見えてくるものは何なのか、さらに、公私協働との関係で情報に着目して行政を見直すことで、公私協働論というのが、さらに展開できるのではないかということです。

そういった問題意識から消費者法制や消費者行政のあり方を捉え直す作業をしてみることが、意外と有益かもしれないと思っております。例えば、近年、食品の安全性を確保する仕組み作りとして、情報に着目して、あるいは市場との関係で言いますと、農場から食卓まで食の安全をどのように確保するのか、そういったことが議論されています。

 この農場から食卓までの全段階で、危害分析重要管理点(Hazard Analysis Critical Control Point、以下「HACCP」という。)システムの考え方や仕組みを拡充しようとしています。なお、HACCPシステムとは、「食品に起因する疾病を予防し、制御するためのアプローチで、食品の製造、加工および調整のすべての段階に関連する危害を確認し、関連するリスクを評価し、さらにコントロールのための措置が効果的になるような作業を決定しようとするもの」をいいます。このHACCPシステムに似た考え方またはシステムとして、医療、とりわけ薬事行政でも用いられています。副作用のあったドラック、薬が出てきた場合に、その薬がどこでどういう形で経緯があったのかと全部記入されているわけです。履歴があって、ですから生産から患者が飲む段階までの過程が全部完備されていている。これを食品に拡大していって、さらに、商品一般に(正確に言うとリスクに沿って)拡大していこうという動きがみられる。商品一般というか危害の高い食品一般に拡大していくのもいいんじゃないかという形にしているので、その意味で言うと「商品情報と記録化」というものが市場メカニズムの中にシステマティックに組み込まれ、拡充している現象がみられるということがポイントだと思います。この現象を、行政との関連でみますと、行政が直接的な規制ではなくて、調査とか届け出とか、公私協働という形態をとりつつ、消費者の権利を確保するような仕組みが形成されつつあるといえるかもしれません。


[九] さて、「自治体消費者行政の役割」に関連して、次のような問題提起をしたいと考えています。先ほど宗前先生の海の比喩の話で出たのと共通の、そこに係わる問題意識なんですけれども、消費生活センターの統廃合の動きに関して、国民生活審議会消費政策部会は、自治体における国民生活センターの存在理由を強調することで、統廃合には消極的態度をとります。しかし他方で、地方分権改革推進会議は、今年5月、「地方公共団体の行財政改革の推進等行政体制の整備についての意見-地方分権改革の一層の推進による自主・自立の地域社会をめざして-」(2004年年5 月12 日)を公表しました。これを見ますと、保健所の所長は医師でなければいけないという必置規制の撤廃やあるいは農業委員会の必置規制の撤廃を提言しています。従来、農業委員会だったら、各地域の農産物とか食べ物とかの安全性などの確保から、保健所の所長の医師要件は、その地域の公衆衛生の確保の観点から、それぞれ設置が義務付けられたものでした。これを撤廃ないし緩和しろという動きがでてくる。これらの必置規制は、多分に生存権の観点から全国的なナショナルミニマムだと考えられていて、どこに行っても最低限これぐらい必要な水準を確保するためのものと考えられていた。つまり、自治体によっては、ちょっと手を抜くところがあるかも知れないけれども、その場合には国が関与して生存権のミニマム保障を確保する。そのための制度的担保として法律で定められていた。そういった理屈が、自治体の自己決定の名の下で、財政的な観点を理由に撤廃されうる状況がでてきた。このような動きに、どのように対抗できるのか。

 そういった問題意識から、消費生活センターの統廃合の動きに消極的であった答申を読んでみると、いくつか参考となる点があるのではないかと思うのです。

 第一に、この答申は、市場原理を前提にして、市場原理を機能させるためにも、やはりそのためにもどうしても消費生活センターが必要なんだという論理を展開している。そういった相手の改革の論理である市場メカニズムの中に乗りつつ、国民生活センターの存在理由を出している。今回もそう考えると設置規制の緩和と言ったときに市場メカニズムの観点と生存権との観点が調整できるのか、それとも、せめぎ合いの論理でいくのか、そういった点が一つ気になるところです。

 第二に、必置規制の撤廃を議論するとき、先ほど宗前先生の報告で、宗前先生が展開したように、なぜ撤廃・緩和するのか、その必要性をどう合理化するのか、つまり、ミニマムスタンダードとしての公衆衛生の基準というのは何なのか。そこらへんをどうつくるのか。同じ海でも見ている海が違うというのと同じように、その理念を一致させる作業をちゃんとしておかないと、現在の規制緩和の流れに、すごく流される危険性があるのかなという気がしているということです。つまり、合意形成のための理念・基準作りが重要だということです。

 第三に、第二番目の指摘とも関連してきますが、先ほど言った消費生活センターの統廃合の動きで言うと、緩和しようと思ったらどんな理屈でもつくれるんです。各都道府県から月1回、消費生活センターの専門家が集まって、そこの中で委員会を開ければ情報が共有できるから統廃合してもいいんだと。すなわち情報共有のあり方を日常的な情報共有するのか。月1回でいいのかとか。あるいはフェイス・トゥ・フェイスの中で情報共有するのか。単なるこういう被害があったんだよという形で情報共有するのか。全然違ってくる。フェイス・トゥ・フェイスでやることで、あるいは都道府県の専門化が分析することで、消費者被害を未然に防いだ事例もあった、そういう問題の立て方をすることで、消費生活センター撤廃の流れを食い止めようとする論理が、当該答申の中であったんですけれども、そういうことを考えると、理念レベルの議論、さっき「そもそも論」と言いましたけれども、「そもそも論」の議論を役割分担の中で構築する必要はあるのか、ないのか。あるいは相手の土俵に乗って、どこまで対抗できるのか。その他いろんな問題が出てくる。
 

[一○] 以上、市場メカニズム重視の改革が進む中で、情報をキーワードにしながら、あるいは公私協働を軸にしながら、消費者行政をどのようなものとして認識し、また、公私の役割分担の理念がどうあるべきなのか、そういった動向や行政法理論への影響などをみてきました(わが国の行政法理論の変化・発展について、最近の動向も含めて、芝池義一「行政法理論の回顧と展望」公法研究65号(2003年)50頁以下。なお、芝池教授は、公私協働論について、今後、大きな意味をもうものであり、行政権の統制論において、取り組む必要のある課題だという。同・前掲60頁参照)。あまり詰めた議論をしておらず、雑ぱくな報告で申し訳ありません。

 最後にですが、今日の報告の展望について述べてみたいと思います。

 まず、私が報告した内容を、今後、私の研究テーマの一つである「食の安全確保とそれに係わる行政の仕組み」につなげて研究するという課題が見えてきました。今回の報告と関連づけるなら、「市場メカニズムと行政による公共性(食の安全性)の確保」という課題設定になると思います。その際、登場してくるアクターが、消費者であったり、これは食品という商品を買う側ですよね。提供する側である事業者・企業であったり、これらの関係と行政の関係を、どのように位置づけるのか、また、そこにおける規制は経済規制ですが、消費者行政と経済規制をどのように関連づけるのか、関連づけないのか、組織のあり方はどう考えるのか、その枠組みで、食品の安全性をどのように確保できるのか、そういったことを、今後、考えてみたいと思っています。

 次に、市場メカニズムを重視する法システムは、事後規制が中心になる傾向があります。仮に、そういうことになると、従来は市場に出る前の観念の世界で議論を組み立てていたものが、今後は執行レベルでの議論が重視されてくるように思われます。司法的執行と行政的執行の役割分担のあり方、実効的な行政執行とは何か、そういった執行レベルでの議論を展開しないと、市場メカニズムを前提とした、あれこれの改革に対する対抗案を出しにくいだろうと思うのです。その意味では、実態調査も重視されてくるでしょう。

 以上のような点を踏まえる中で、食の安全というのは市場メカニズムでは貫徹できない部分と、一旦安全だという評価を受けて市場に出回った場合に、何か問題が生じた場合に、例えば、食品の回収の必要性がでてきた場合に、食品の安全性を、どのように市場メカニズムの中で確保しうるのか、そういった論点を深めていきたいと思っているということです。そのような作業の中で、自治体の役割や存在理由を考えていきたいと思っています。 今日の報告は、そういった作業の一環ですが、自治研における報告ですから、近年の自治に係わるあれこれの改革動向を踏まえる中で、その一領域としての消費者行政の改革を考察することが本来の私の期待された課題であったと思うのですが、それに応えきれないことが、まさに、今の私の限界であり、今後の私の課題としたいと思います。以上で


© Rakuten Group, Inc.